第3回研究会

2006年3月3日(金)午前10時30分から、本学法経総合研究棟4F大会議室にて「法曹の新しい職域」研究会が開催されました。今回は水島郁子助教授による報告で、タイトルは「企業弁護士の企業との関わり―労働法的視点から―」でした。ドイツ・ハンブルグの弁護士と日本の企業弁護士にインタビューしてきた内容の報告でしたが、いろいろ示唆に富む、エキサイティングな報告でした。

水島報告の前半は、ドイツの専門法曹と企業法曹についてのインタビュー内容の紹介でした。みなさんご承知のとおり、ドイツでは近年司法試験の合格者が増え、毎年1万人ほどが司法試験(第二回試験)に合格し、法曹有資格者(Volljurist)になります。法曹の資格を有する者が10万人以上いて、彼らの間での競争には熾烈なものがあります。彼らが、弁護士、裁判官のほか、公証人、税務弁護士、会計弁護士、公務員、研究者、企業法曹などの職を争うわけです。果たしてどうやって生計を立てているのか。まずドイツには「専門弁護士」という制度があります。そこで、専門化戦略によりそれぞれが生計を立てていることが考えられます。専門弁護士は、専門弁護士法1条により、その分野が行政法、税法、労働法、社会法、家族法、刑法などに限定され、認定を得るためには一定の知識(論文などを出している必要がある)と実務経験が必要とされます。2004年現在で15%の弁護士が専門弁護士として働いているそうです。こういう差別化によって弁護士が生き残りを図ろうとしていることはたしかですが、それは単に肩書きに過ぎず、法廷では役に立たない無意味な制度とする意見もあり、これが生き残りの決め手ということではなさそうです。

そうだとすると、民間企業などで法曹有資格者が働いて生計を立てているということにならなければ、つじつまが合いません。実際、統計的には法曹の約15%が民間企業で働いていることになっています(統計に表れない形でもっといるのではないでしょうか)。企業弁護士(企業内弁護士、組織内弁護士)は、企業と雇用契約を締結して、一種の従業員として働いています。彼らの平均年収は、ものの本によれば平均10万ユーロとのことで、ドイツの給与水準からすれば比較的に高給取りのようです。主として、法務部を統括するという役割が期待されるようです。企業にとって、外部の弁護士に依頼するよりコストが安いことや、手近に法的アドバイスが得られること、組織固有の問題に対処でき、早期対応や損害回避に使えるといったメリットがあります。もっとも、ドイツ連邦弁護士法46条1項は常時雇用関係にある弁護士が雇用主の訴訟代理人になることを禁じています(オランダと異なり、組織内法廷弁護士は認められないということです)。弁護士に必要な職務の独立性が確保できないというのが理由です。訴訟代理ができないのであれば、果たして彼らを組織内で法曹有資格者として特別扱いする意味はどこにあるのか。この問題の検討は今後の課題です。

水島報告の後半は、日本の企業弁護士のインタビュー内容の紹介でした。インハウスロイヤーズネットワークのHPによれば、2006年2月現在で、企業に属する弁護士が約160人、行政庁に所属する弁護士が約40人だそうです(企業弁護士の定義をどうするかによってこの数は増減します)。企業に所属する場合の所属構成は、外資系企業と日系企業とでほぼ半々とのこと。証券会社にその3割程度が所属し、ほとんどが大企業で働いているそうです。最近では保険会社が大量に弁護士を採用しているという話もあります。企業弁護士は、(日本の場合も)企業との間で労働契約を締結して、従業員として働くことになります。賃金の形態には、@年俸制、A通常賃金+弁護士手当、B通常賃金+早期昇進、C特別の賃金体系といった場合があるようですが、他の従業員との関係もあり、個別の契約で賃金体系が決まるというより、既存の就業規則や賃金体系を運用して賃金を決める場合が多いようです。勤務形態は他の従業員と基本的に同じで、土日に休むことができたり、有給休暇を取得できたりするなど、待遇面は悪くないとのこと。優秀な企業弁護士はすぐによそに引き抜かれるので、引き留めのために苦慮して、彼らによい待遇を保障しているということのようです。労働契約に基づいて企業に対する誠実義務が発生しますが、これは法曹倫理上の問題を生じます。そこで、企業弁護士は、企業のために働くということと、弁護士に期待される公益性とが矛盾しない範囲でその業務を行うことになります。ただし、地方弁護士会などの所属で公益活動に頻繁に出て行かなければならない場合には、この矛盾は深刻になります。企業にとっての企業弁護士のメリットは、必要に応じていつでも法的アドバイスが得られること、組織固有の問題に対処でき、早期対応や損害回避に使えることなど、ドイツの場合と変わりません。企業弁護士は単に問題解決に取り組むばかりでなく、アフターケアや問題発見といった役割も期待されます。とりわけ、仕事の割り振りと調整といった業務が重要だとのことです。

ディスカッションでも様々な意見が出されましたが、とくに企業弁護士の誠実義務と公益性の間の矛盾をどうするかといった問題や、法曹に期待される能力は法的事務処理に留まるのか、それとも総合的マネジメントまでも含むのかといった問題は議論が尽きない状況でした。水島さんは、継続してインタビュー調査を続けていくそうなので、今後のさらなる発見が期待されます。

[福井 康太]