2009年3月14日(土)司法アクセス学会第2回学術大会概要

2009年3月14日(土)13時から17時過ぎまで、日弁連・弁護士会館クレオBCにて、司法アクセス学会第2回学術大会「企業法務の明日と司法アクセスを考える」が開催され、司法アクセスを企業活動にどのようにして浸透させていくかについて、様々な角度から議論が行われました。私は、第2部シンポジウムのパネリストの一人として参加させていただきました。司法アクセスについては、司法過疎地や経済的困窮者が十分な法的サービスを受けることができるようにするにはどのようにすればよいのか、という形で議論されるのが一般的ですが、企業もまた多くの場合に必ずしも十分な法的サービスを受けられる状態にはありません。とくに、中小企業の多くは、何が弁護士の関与を必要とする法的問題であり、何がそうではないかという区別さえ認識していないというのが現状です。企業の日常業務の末端にまで必要な法的サービスが行き渡るようにするにはどのようにしたらよいのでしょうか。

本大会前半の第1部では、京都大学名誉教授で中央大学法科大学院教授・弁護士の棚瀬孝雄先生、経団連経済第二本部長の阿部泰久氏の2人による講演が行われました。

まず、棚瀬講演「企業活動と弁護士業務―取引社会の法的構築―」では、企業における司法アクセスを論ずる場合の理論枠組についての問題提起が行われました。棚瀬講演では、一般に、企業の司法アクセスについては、企業に弁護士ニーズがあっても、アクセス障害があったり、ニーズが認知されなかったりして弁護士利用が進まないという形で議論される(狭義のアクセスモデル)けれども、そうした議論のやり方は問題を適切に捉える枠組として十分ではなく、さらにその外側にある社会の「法化」(取引や規制、あるいは広く社会関係がより多く法的な枠組で構築されること)のあり方や、法的処理の代替がどのような仕方で行われているかという問題と関連づけて司法アクセスを議論することが重要である(拡大アクセスモデル)とされます。なるほど、同じ問題であっても、それを法的問題と捉えるか、そうでないと捉えるかについては、当該社会の「法化」が規定するところは大きいと思います。また、司法を通じて問題を法的に処理するよりも、行政を通じて一律的処理を行うことが好まれるということ(代替的実現)も、弁護士利用を進ませない重要な要因です。さらに、「何でも屋」である顧問弁護士が専門化した弁護士のスポット市場の成立を阻んでいるということも問題かもしれません。優秀な企業内法学士が弁護士を必要とさせていないという問題も指摘の通りだと思います。棚瀬講演では、企業における司法アクセスを議論するための枠組についての理解が深まりました。

つぎに、阿部講演「企業法務における弁護士の役割―社外・社内それぞれについて―」では、まず、大企業の法務がどのように進化してきたか、法務の進化との関連で弁護士の役割はどのように変わってきたかが論じられ、後半で、中小企業の「法務以前」的状況における弁護士アクセス向上についての問題点の指摘が行われました。阿部氏によれば、企業法務については、昭和50年年代に契約法務(文書法務)が重視されはじめ、平成に年号が変わる頃に債権回収業務が注目されることで紛争解決法務(訴訟法務)が重視されるようになり、さらに最近では、司法制度改革や商法改正の議論を通じて紛争予防法務(コンプライアンス法務)が重視されるようになり、より戦略的な法的フレームの構築に関わる戦略法務の重要性が増してきているとのこと。そして、このような変化に応じて、企業法務における弁護士の役割は変化してきている、と。今日では、コンプライアンスの実現のために、社外の弁護士と法務部との連携、さらには社内外の連携コーディネーターとして社内弁護士の役割が大きくなってきているということが指摘されました。中小企業との関係では、何が法的問題なのかの認識が十分に行き渡っていないという現状、また隣接専門職、とくに税理士や司法書士が中小企業の法律相談ニーズに応えていることが弁護士利用ニーズに及ぼす影響、さらに報酬・費用、専門分野の不透明性が弁護士利用を阻んでいることなどの指摘があり、最後に、中小企業もまた法テラスを利用することができるのに、HP等がそれをアピールするようにできていないという問題の指摘もありました。中小企業における弁護士利用が進むにはまだまだ課題が多いようです。

大会後半の第2部では、弁護士の佐瀬正俊先生、弁護士として弁護士人材紹介に携わっておられる西田章先生、Beaon IT社・法務部長で国士舘大学講師の高田寛氏、それに私の4人のパネリストによるシンポジウムが行われました。シンポジウムでは、最初に4人のパネリストそれぞれによる基調報告が行われ、これに続いてフロアからの質問を交えてパネルディスカッションが行われました。

第1報告は、佐瀬報告「企業法務と弁護士ニーズ」でした。佐瀬報告は、日弁連が2006年から2007年にかけて実施した「中小企業の弁護士ニーズ全国調査」の概要を紹介するものでした。日弁連「中小企業の弁護士ニーズ全国調査」は、中小企業における法的問題の認知に着目し、これに関連づけて弁護士の利用経験や利用満足度、さらに弁護士利用を阻むその他の要因などについて質問しています。そして、中小企業で弁護士利用が進まない一番の理由は、何が弁護士の関与を必要とする法的問題で、何がそうではないか、そもそも理解されていないことであることを明らかにしています。また、税理士等の隣接専門職による代替の問題も、この調査結果から読み取れます。さらに、佐瀬報告では、弁護士による業務の啓発活動やイメージ改革の必要性、弁護士情報提供サービス充実の必要性、弁護士紹介活動の必要性やリピート促進のための提言など、同調査報告書における提言が紹介されました。佐瀬報告から、日弁連は中小企業の弁護士ニーズへの対応策をかなり実行に移しているということが理解されました。

第2報告は、私の「弁護士職の新領域の可能性―企業法務を中心として―」でした。私の報告は、大阪大学が2007年から2008年にかけて行った3つの実態調査(@企業における弁護士ニーズに関する調査、A[一般弁護士の]弁護士業務に関するアンケート調査、B組織内弁護士の業務に関するアンケート調査)に見られる、弁護士業務に対する企業ニーズと弁護士が企業に提供している業務内容の比較検討と、弁護士が新しい職域に進出するための提言でした。私の報告では、まず@の企業対象調査から、弁護士を日頃から積極的に活用する機会を持たない多くの企業が、訴訟や紛争解決など従来型の弁護士業務しかイメージできず、その結果、弁護士を日常的に活用するというレベルにはなかなか達しないということ、Aの一般弁護士対象調査の調査結果は、@の調査結果を裏付ける内容となっていること。他方、Bの組織内弁護士アンケートの調査結果では、契約審査、契約書作成、コンプライアンス関連業務などが上位に来るのであり、企業がさまざまな法的リスクを管理する上で必要不可欠な業務を組織内弁護士が担っていることが理解されること、Bで明らかになった上位項目の業務は、今日の企業が置かれる厳しい競争的環境のなかでますます重視される業務であることなどを指摘しました。これらの業務について弁護士利用の必要性が認知されるようになれば、大企業のみならず中企業レベルにおいても弁護士利用がさらに進むことは十分に期待できます。そのためには、弁護士会などによるこれらの業務に関する弁護士サービスの周知活動とともに、法科大学院によるそのようなニーズに合わせた法曹養成教育が必要です。企業ニーズに合わせた法曹養成教育を法科大学院で行うには課題が山積していますが、是非とも行わなければならないと思います。2000年頃から企業内弁護士の数は急増しています。とくに、昨年下半期には一気に100人以上企業内弁護士が増えました。彼らの存在感が増してくるにつれて、企業における法的問題の認知も進み、最先端の企業法務領域に多くの弁護士が進出することになるのではないか。私の報告は、個人的な願望も含めた紹介と提言になりました。

第3報告は、西田報告「弁護士と企業を結ぶもの―弁護士の就職と転職について―」でした。西田報告では、まず、弁護士の採用活動スケジュールの問題や、大手法律事務所の大量採用のもたらす問題、弁護士の転職の典型的パターンの紹介があり、これに続いて、弁護士紹介業者の役割と、その法務人材市場への参入の難しさ、とりわけ商業ベースでの人材紹介についての弁護士法72条による障害や地方市場への人材紹介の困難が指摘され、最後に司法アクセス拡充に向けての課題の提示が行われました。最後の点については、タイムチャージ方式がアソシエイト弁護士のスキルアップ意欲の向上に役立ち、若手弁護士の自立を促す意味があるという指摘や、スペシャリスト弁護士とジェネラリスト弁護士の役割を分け、大きな法務部を擁する大企業には事案ごとに最適なスペシャリスト弁護士の事務所を選択できるようにし、また、大手法律事務所は比較的に小さな法務部を擁する企業相手のワンストップ・ショッピングに応ずるようにし、中小企業向けには、弁護士会などが中心となってジェネラリスト弁護士を紹介できる仕組みを作ることが重要なのではないかという指摘には唸らせられました。

第4報告は、高田報告「中小企業の企業法務の現場から見た企業法務と司法アクセスの課題について」でした。高田報告では、まず、同氏が勤務しているBeacon IT社の概要が紹介され、続いて、中小企業における法務部の役割は、業種によって異なるものの、主として契約書の作成・審査にあり、そのメリットは法務の審査があることで法的リスクについての安心が得られることにあるということ、中小企業の法務部には司法試験に失敗した中途断念者がかなり含まれていて、彼らのコンプレックスが法律事務所への相談に際して微妙なバイアスを生じているということなどが指摘されました。さらに、中小企業の弁護士ニーズの開拓については、中小企業法務担当者のコンプレックスに対する配慮が意外に重要であること、若手弁護士について中小企業は高度な専門性より、新しい考えや柔軟性、バイタリティーに魅力を感じること、これに関連して、中小企業ではしばしば高いエリート意識をもつ弁護士よりも司法試験中途断念者の方が使いやすいという事情があることなどが指摘されました。最後の点は、中小企業法務部が法科大学院修了の未合格法務博士の主要なキャリアパスになりうるということで、極めて重要な指摘だと思います。高田報告は、弁護士は、中小企業での利用を拡大するために、弁護士に対する多くの一般市民の期待が法律を使って社会に正義をもたらすことに向けられていることを自覚し、地道にクライアントとの信頼関係の構築にあたることが重要であると指摘して締めくくられました。

パネルディスカッションでは、時間がなくなってきていたこともあり、コーディネーターである弁護士の大澤恒夫先生(桐蔭横浜大学法科大学院教授)がフロアからの質問を纏めたうえでパネリストに質問し、これにパネリストが答えるという形で進められました。そこでは、まず、経団連の阿部氏による日弁連向け提言内容の多くはすでに日弁連が実施に取りかかっていることであるとの指摘があり、また、中小企業における未合格法務博士の潜在的採用ニーズと実際に就職を希望する法務博士とのマッチングをどのようにして行うか、2008年下半期に企業内弁護士が急増した理由はどこにあるのか、法科大学院で企業ニーズにあった法曹養成教育をどのように進めればよいのかといった点について質疑が行われました。

今回の司法アクセス学会学術大会の議論からは多くの示唆を得ました。とりわけ、中小企業独自の弁護士ニーズについての示唆、さらには未合格法務博士の採用ニーズについての示唆は、今後さらにいろいろな角度から検討し、実際に新卒弁護士や未合格法務博士の職域開拓に生かしていくことが必要だと思っています。司法アクセス学会のみなさま、このような学術大会の議論に参加する機会を与えていただき、ありがとうございました。

[福井康太]