司法アクセス学会企業法務研究会第1回研究会概要

2008年4月2日(水)18時から、東京・日本橋茅場町の(社)商事法務研究会会議室にて、司法アクセス学会企業法務研究会第1回研究会が開催されました。司法アクセス学会企業法務研究会は、企業活動に法の支配が及ぶことは広い意味での司法アクセスの向上につながるという認識に基づいて、企業法務に関わる問題や企業と弁護士の関係などについて研究を進めるという趣旨で立ち上げられました。今回の研究会では、(株)ビーコンインフォメーションテクノロジー法務部長の高田寛氏、そして弁護士で人材紹介業の領域に自ら進出された西田章氏のお二人が基調報告をされ、それぞれについて参加者が自由に討論するという形式で進められました。著名な研究者や弁護士が参加しており、大変充実した研究会でした。

高田氏は、ご自身が法務部長をしている中小企業(ビーコンITの規模はどちらかというと大企業に近いのですが)の視点から「中小企業の現場から見つめる司法アクセス―中小企業の弁護士ニーズ―」という題目で基調報告されました。高田報告の要点は次の通り。中小企業も様々な法的リスクを抱えており、弁護士ニーズは大きい。それにも拘わらず、経営者の心理的・物理的障害が大きいためになお弁護士利用にはつながっていない。とはいえ、中小企業であっても(ビーコンITのように)成長途上にあり、かなり規模の大きな会社の場合には、必要に迫られて急遽法務部を立ち上げるというようなことをやっている。法務部の立ち上げに際しては、必要な相談に迅速に応じてくれる弁護士に対するニーズ、場合によっては法務部の中核として働く弁護士を雇用するニーズさえある。そのような企業の経営者の意識を喚起すれば、中小企業においても企業内弁護士の雇用はさらに進むものと考えられる。中小企業の経営者は「自分の稼いだお金」という意識が強く、なかなか高い報酬は期待できないが、いったん必要性を理解すれば、それなりの報酬は支払うものである。中小企業で弁護士利用を進める上で必要なことは弁護士側の「営業の姿勢」なのではないのか。高田報告は以上のような内容でした。

質疑でも大変興味深い議論が行われました。私は、企業の求める即戦力の弁護士はかなり高い報酬でなければ雇用出来ず、企業の求める条件では雇えないのではないか、逆に企業の求める条件で弁護士を雇おうと思えば新卒に近い若手弁護士を雇うということになるが、その場合にはどのような資質があれば雇用するということになるのかという質問をさせていただきました。これに対して高田氏は、「新卒に近い若手弁護士が中小企業に雇ってもらうためには、(IT企業の場合であれば)IT等についての専門知識がまず求められるが、そもそも若さ自体が売りになる。そのような若手に対しては幅広い仕事を覚えるチャンスであるという気持ちで仕事に臨んでほしい」と回答されました。他の参加者からは、新卒弁護士を雇用する場合にはどの程度の給与で雇用してもらえるのかという質問や、(中小では司法試験不合格者が法務要員として雇用されているという高田氏の話を請けて)司法試験不合格者を雇用する場合に旧司法試験経験者と法科大学院修了者のどちらにより魅力を感じるかといった質問が行われました。新卒弁護士の給与については、具体的な数字はお示しできませんが、しばしば言われる「弁護士の買いたたき」というような金額よりは多い給与で雇ってもらうことが可能なようです。また、税法や知的財産法など幅広い法的素養を身につけている法科大学院修了者は旧司法試験不合格組に比べて魅力があるという回答に、法科大学院関係の参加者は励まされたようでした。

高田報告に続いて、西田氏が「弁護士と企業を結ぶもの」なる題目で報告をされました。西田報告は多岐にわたるものでした。氏は、冒頭で、自己紹介を兼ねて、成功報酬を得てサーチ型の弁護士人材紹介業を行うことがいかに困難かを説明され、続いて、企業に「リーガル・サービス」のニーズが本当にあると言えるのか、とりわけ「リーガル・オーディット」(法務監査)のニーズはどれほどのものかという問題提起をされ、企業内弁護士の雇用が進まない背景を明らかにされました。また、氏は、大手法律事務所のビジネスモデルを紹介され、そのモデルを前提に、どこまで法律事務所を大規模化することが可能なのか、ほとんど会社化した大手法律事務所は言われているほど効率的に業務を振り分けて処理していると言えるのかといった問題を提起されました。さらに、氏は、弁護士のキャリア・プランニングに引き寄せて、法律事務所のパートナー弁護士に期待される「ジェネラリスト」的能力と、事務所の中でアソシエイト弁護士に求められる「スペシャリスト」的能力とを、今日の法律事務所の昇進競争のなかで同時に身につけていくことの難しさを明らかにされるとともに、企業法務部や企業内弁護士がスペシャリスト弁護士とビジネスの現場との疎通をうまく図ることが出来れば、必ずしも大手法律事務所に所属してパートナー弁護士に依存しなくともスペシャリスト弁護士が活躍することは可能なのではないかということを指摘されました。最後に、氏は、弁護士法72条(非弁行為禁止)や弁護士職務基本規定13条(依頼者紹介の対価禁止)の制約をカッコに括った上で、企業と弁護士とをつなぐマッチングシステムとして弁護士紹介業務を位置づけ、そのような紹介業務がうまく機能すれば、法テラスなどの公的紹介システムや法律事務所による業務振り分けに頼らなくても、それぞれのスペシャリスト弁護士と企業との橋渡しを行うことは可能だという指摘をされました。

大胆な問題提起がいくつも行われたこともあり、討論も盛り上がりました。討論では、大手法律事務所で働く場合と中小法律事務所で働く場合の収入が大きく開いているために弁護士の人材市場がうまく機能しないという問題や、大手法律事務所で弁護士に求められる能力と中小法律事務所で求められる能力には質的な違いがあり、このことによっても弁護士人材市場の機能が阻害されているということ、さらに、弁護士業務の地域格差は大きく、大手法律事務所のスペシャリスト弁護士が地方で開業したり、逆に地方の個人事務所所属の弁護士が東京の大手法律事務所に移籍したりすることはほとんど不可能であることなどが指摘されました。

いずれの報告も充実した内容で、討論もレベルの高い研究会でした。次回(4月24日)には私も報告を担当します。ここでの討論のレベルに対応できるだけの十分な準備をしなければならないと、身の引き締まる思いです。

[福井康太]