2006年先端的法曹養成センター完成記念国際シンポ概要

2006年12月16日(土)10時から17時まで、グランキューブ大阪(大阪国際会議場)にて、大阪大学大学院高等司法研究科先端的法曹養成センター完成記念国際シンポ「科学技術倫理と法曹教育〜新しいあり方の模索〜」が開催されました。本シンポジウムは、医療技術開発、科学技術の開発の最先端で問題となる倫理問題に法曹がどのような形で取り組むべきかについて法曹養成教育の観点から議論する企画でした。私は今年度もシンポジウム企画WGに関わり、また、第2セッションのモデレータ兼コメンテータの役割で参加させて頂きました。

本シンポジウムは、先端医療教育の教育実践で先進的な取り組みをしているアメリカの法科大学院の教育実践例を手がかりとして、わが国法科大学院でいかなる取り組みが可能か、とりわけ大阪大学大学院高等司法研究科でどのような取り組みが可能かについて議論しました。シアトル・ワシントン州立大学法科大学院の学際的なHealth Law Program、およびウィスコンシン州立大学の学際的医療倫理教育プログラムなど、先端医療の専門家と法専門家とが共同で科学技術倫理教育を実施している興味深い取り組みをたたき台として、科学技術研究関わる専門家、弁護士、倫理学者、法学研究者などで多角的な議論を行い、科学技術専門家の権利や利益の確保に努め、さらに開発戦略の方向付けを行うことができるハイレベルの法曹に求められる資質、そうした資質を涵養するための専門倫理教育のあり方について議論しました。

シンポジウムは3部構成でした。第1部「専門法曹養成における科学技術倫理教育の役割(2つのモデル)」(午前10時05分から12時)では、ワシントン州立大学のパトリシア・カッツラー教授による同大学の学際的なHealth Law Programの紹介、これに続いてウィスコンシン州立大学のスザンヌ・リー医師による、同大学における医療倫理教育の取り組みの紹介が行われました。講演はいずれも、医学、生命科学、看護学、法学の学際研究教育を通じて、先端的な医療倫理を実践に生かす体系的な教育実践の紹介でした。日本とはかなり条件が異なりますが、それでも、わが国の教育プログラムに生かすことができる示唆は多々見出されました。これを受けて、日本で法学研究教育に携わっている上智大学の岩田太助教授および本学法学研究科の瀬戸山晃一講師がコメントし、さらにフロアとの若干のディスカッションがありました。コメントの詳細は紹介できませんが、いずれについても、いまの日本の法科大学院の現状を前提としたうえで、アメリカで実践されているような学際的先端医療倫理教育の実現可能性はあるのかどうかを検討するものでした。

第2部「先端科学研究者が法曹養成教育に求めるもの」(13時から14時45分)には、私はモデレータ兼コーディネータとして関わらせて頂きました。本セッションでは、九州大学生体防御医学研究所の谷憲三朗教授と大阪大学核物理センターの土岐博教授による講演、それを受けてのコメントおよびディスカッションが行われました。谷先生は、ご自身の研究分野である細胞治療・遺伝子治療を手がかりとしながら、最先端の医療で問題となる倫理問題、すなわち、実験医療における患者のインフォームド・コンセントをどのように行うべきか、実験医療において医師に対する患者の信頼をどのようにして確保するかといった問題を提起され、さらに、そうした問題に応えていくためには無過失補償制度を整備し、明確なガイドラインを設ける等制度的対処が不可欠であること、そしてそうした制度整備には法曹が重要な役割を果たすということを提言されました。つぎに土岐先生は、核物理の第一線の研究者としての立場から、科学研究者と技術研究者のスタンスの違いを明らかにしつつ、科学研究の進歩は止めることができないこと、技術の利用には利用目的によるコントロールが必要であること、利用目的のコントロールのためには国際会議が重要な役割を果たすことなどを提言されました。これを受けて、本学CSCDの小林傳司教授が、科学に対する市民によるコントロールの必要性についてコメントし、私は法科大学院における長期的展望のもとでの学際的科学技術倫理教育の不可欠性についてコメントしました。

第3部「先端法曹が科学技術倫理教育に求めるもの」(15時から16時45分)では、医療事件や知的財産法実務のエキスパートである阿部隆徳弁護士と、ワシントン州立大学のショーン・オコーナー准教授とにご講演頂きました。阿部先生は、ご自身のボストン大学留学時代に経験された医事法教育や知財教育を紹介され、そこから、日本の法科大学院教育に対する提言を行われました。オコーナー先生は、ご自身が行っておられる最先端の知財法務教育実践を紹介されました。これを受けて本学医学系研究科の霜田求助教授と本学高等司法研究科の藤本利一助教授がコメントしました。コメントでは、倫理学教育と法曹養成教育の立場から、法科大学院における医療や知財分野における学際的教育の必要性と、実現可能性についての議論が行われました。日本の現状を前提とするかぎり、JDプログラムよりも、リカレント型のLLMプログラムで学際教育を行う方が望ましいのではないかというコメンテータの指摘には、若干異論はありますが、説得力があると感じました。

今年度のシンポジウムも、講演者、コメンテータ、フロアの参加者、スタッフの学生さんに盛り上げて頂いたことで、盛会に終わりました。法科大学院形成支援プログラムは今年度で終わりますが、これを発展させてさらに有意義なディスカッションを積み重ねていきたいと考えております。

[福井康太]