大阪大学・大阪弁護士会共催シンポジウム概要
2008年8月25日(月)13時30分から16時30分まで、大阪弁護士会館2Fホールにて、大阪大学・大阪弁護士会共催シンポジウム「企業における弁護士ニーズを考える」を開催いたしました。このシンポジウムは、大阪大学「法曹の新しい職域」に関する研究会(科研費基盤研究A「法曹の新職域グランドデザイン構築」の研究グループ)と大阪弁護士会との共催企画です。ちなみに、大阪弁護士会と大阪大学の本格的な共同企画はこれがはじめてなのだそうです。本シンポジウムの目的は、弁護士のあり方に関する今般の様々な議論を受け、まずは企業における弁護士ニーズを実証的に明らかにし、それを前提として、法科大学院生や若手弁護士がこれからどのようにして企業から業務ニーズを引き出すか、そのためにどのような自己研鑽が必要か、さらに、法科大学院にはどのような手助けが出来るのかといった点についてディスカッションすることでした。幸い、講演者、コメンテーター、パネリストに恵まれ、また、フロアの参加者も意欲的な方が多かったこともあり、充実した議論をすることができました。
シンポジウムの構成は、最初に2つの講演で阪大と日弁連の弁護士ニーズ実態調査の内容を紹介し、これについて2人の方からコメントを頂き、休憩を挟んでパネルディスカッションを行うというものでした。講演1を担当したのは私です。講演1「企業における弁護士ニーズ:阪大調査から」では、企業の弁護士利用の潜在的ニーズは高いにも拘わらず、実際に利用しようとする意識は低く、弁護士を利用しない理由も「弁護士を利用する仕事がない」とする回答が最も多いこと、税理士等の他士業は企業の経営の中枢にかなり入り込んでいるのに対して、現時点では弁護士はあまり入り込めていないこと、企業が弁護士を使ってみたいと思う業務としては、権利行使や契約業務のニーズが大きいが、M&A、知財管理、専門訴訟といった先端的法務ニーズも比較的に大きいといったことを確認したうえで、企業ニーズと弁護士の意識のギャップを埋めるためにはどうしたらよいか、いくつか提言させて頂きました。講演2「中小企業における弁護士ニーズ:日弁連調査から」では、大阪弁護士会の矢野智美(さとみ)弁護士が、多くの中小企業では弁護士の利用経験がないこと、特に地方の中小企業では弁護士利用経験が顕著に少ないこと、そもそも法的課題の多くが「法的」課題として認識されていないこと、法的課題として認識された課題についても、弁護士に相談するということに思い及ばないこと、などの調査結果を示した上で、このような問題に大阪弁護士会がどのように取り組んでいるかを紹介されました。以上を受けて、コメント1「今日の日本経済と弁護士ニーズ」では、日本経団連経済法制グループ長の小畑良晴(よしはる)氏が、企業法務の役割が拡大するなか、予防法務、コンプライアンスといった法的業務ニーズはますます大きくなっており、企業内外で弁護士がそのような業務に携わる余地はこれからさらに広がっていくこと、法科大学院修了者や修習後間もない弁護士を雇用する場合に期待する能力は特定分野への高度の専門性ではなく、法律専門家としての一般的な法的な思考力・分析力、倫理観などであるといったことが確認されました。コメント2「企業における弁護士ニーズと就職市場」では、第一東京弁護士会の西田章弁護士が、ご自身の弁護士人材紹介業の視点を通して、依頼者である企業と弁護士の関係の特徴、法律事務所と企業内弁護士の仕事上のコミュニケーションのあり方の違い、外部への依頼と社員としての採用の場合の企業の弁護士選定基準の違いを明らかにされ、そのような弁護士のキャリアモデルとして、法律事務所から企業内弁護士へ、企業内弁護士から法律事務所へといった「回転ドア」モデルを提案され、さらに、弁護士の就職についての法科大学院の効用について提言されました。
休憩を挟んで後半はパネルディスカッションでした。パネリストは、コメンテーターの小畑良晴氏と西田章氏の2人に、大阪弁護士会の田中宏弁護士が新たに加わり、3名で構成されました。コーディネーターは私が務めさせて頂きました。パネルディスカッションでは、@大企業のニーズに若手弁護士や法科大学院生はどのようにして応えていくか、A中小企業からはどのようにして仕事を獲得していくか、Bこれからの弁護士に求められる専門性とはどのようなものか、といった点について議論が行われ、最後にC若手弁護士の自己研鑽と法科大学院のあり方について各パネリストの要望が出されました。議論の詳細はここでは紹介できません。以下議論の概略のみ紹介しておきます。@については、大企業では、すでに確立された法務部があり、また外部依頼の依頼先も確定されており、弁護士の新規参入は容易ではない。しかし、社内で蓄積されていない専門知識を有する弁護士にはニーズがあり、また社内の業務について客観的な第三者の目が必要な業務として社外監査役や社外取締役のニーズもある。さらに、大量動員が求められる場合(M&A等)にその業務の必要に応えられる人員を抱えている大規模法律事務所にもニーズがある。監督官庁に組織内弁護士として入り、官庁内部でしか得られない経験を得た弁護士は、企業からも法律事務所からも引っ張りだこだが、なおそのような枠は小さい。大企業に企業内弁護士として雇用された場合に法律事務所への就職が困難になるのではないかという疑問がしばしば出されるが、他では得られない経験を得ているということはむしろ売りに出来るのであり、要はどのような実務経験を積んできたかである。Aについては、中小企業も様々であり、ジャスダックなどに上場を予定しているような成長企業もあれば、従来からの経営をただ続けている企業もあり、そこには様々な法的ニーズが存在している。したがって、どのようにして中小企業から仕事を獲得するかについては一概には言えない。上場を目指すような成長企業の場合には、法務部を充実させることへのニーズがあり、ある程度経験を積んだ弁護士を法務担当者として雇用するニーズもあるが、例外的である。多くの中小企業は費用の問題などから社内弁護士はおろか、個別案件についての依頼すら躊躇する状態である。中小企業に対しては、まず弁護士側でマーケッティングを行い、弁護士利用のメリットについて理解してもらうことが先決である。もっとも、中小企業で仕事を得る際に求められるのは、特定法分野の専門性というよりも人間関係が重視されるという点は重要である。Bについては、特定の法分野で日本に数名しかいないというような専門知識を身につけようとすることは、多くの企業から仕事を得る上では特に必要とされておらず(もちろん身につけていれば圧倒的に有利であることは確かである)、むしろ論理的思考力や分析力、倫理観のような一般的能力・態度が求められていること、弁護士に期待される専門性は実務経験を通じて得られるものであり、まずは論文や著書を出して専門家と認めてもらい、実務経験をたくさん積むことが重要である、といったことが指摘されました。C若手や法科大学院に対する要望としては、若手弁護士が市場に参入するための最初のきっかけとしては、知財や会社法・金商法、独禁法、労働法といった個別分野の専門性を備えることは重要であるが、それに留まらず、つねに最新の情報にアンテナを張るとともに、自ら情報を発信する必要があること、法科大学院には学生が進路について考えるための情報をできるだけたくさん提供することが求められる、といった提言が出されました。フロアからの質疑も若干ありましたが、ここでは割愛させて頂きます。
以上のように、本シンポジウムでは、密度の濃い、充実した議論を行うことができました。大阪弁護士会と大阪大学との共同企画がこのように充実したものになったことはすばらしいことだと思います。今後とも、大阪弁護士会とこのような機会を継続的に持つことができればと願ってやみません。
[福井 康太]