オーストラリアにおけるロースクール卒業生の職業選択に関する規則:転職及び職業選択における決定要因

2006年12月4日(月)15時から18時まで、オーストラリア連邦ヴィクトリア州メルボルン大学法学部の上級講師でブレーク・ドーソン・ウォルドロン法律事務所弁護士のステイシー・スティール先生と、同校卒業生であさひ・狛法律事務所リーガルアシスタントとして勤務しているキミ・ニシムラさんをお招きして講演会を開催しました。本講演会は、科学研究費補助金基盤研究(A)「法曹の新職域グランドデザイン構築」の研究活動の一環として行われました。参加者は少数ながら、自由闊達に意見の飛び交う、楽しい講演会となりました。

講演タイトルは「オーストラリアにおけるロースクール卒業生の職業選択に関する規則:転職及び職業選択における決定要因」でした。内容は、オーストラリア、とりわけヴィクトリア州の法曹資格取得要件と、法曹の就職事情、そして、法曹のその後のキャリアパスについてのお話でした。

質問する阪大生

ヴィクトリア州では、LL.B(法学士)もしくはJD(法務博士)取得後12ヶ月間法律事務所で実務修習(Articles of Clerkship)を経ることで、弁護士としてのCertificateを得ることができます(例外として、LL.BもしくはJD取得後、レオ=カッセン研修所での30週の法実務教育プログラム[PLT]履修、もしくは、モナシュ大学法律実務・技能・倫理課程履修6ヶ月+法務雇用6ヶ月)。オーストラリアでは、どの州でも日本の司法試験のような資格試験はありません。もっとも、有力な法律事務所で一定の経験年数のある指導弁護士が修習を担当しなければならないことから実務修習の枠は厳しく、また評価も厳しいために、法曹資格にたどり着くことは容易ではありません。加えて、一定レベル以上の法律事務所に就職できるためには、法学部(もしくは法科大学院)でのGPAポイントが高くなければならず、実務修習の評価も相当に高くなければなりません。このように、オーストラリアの法曹養成制度は、司法試験を経ないとはいえ、適性のない者が競争の中で淘汰されてしまう仕組みになっており、日本の法曹養成制度と比べて決して楽なわけではなさそうです。

質問する阪大生

さらに、法曹資格を得て法律事務所に職を得ても、アソシエイト間の生き残り競争が激しく、パートナーに昇格する前に別のキャリアパスを選ぶ者も多いそうです。ケーススタディーとして、独立の法律事務所で活動できるFull Certificateを返上して投資銀行に移籍し組織内法曹となった人、政府機関に職を得て公務員となった人、一流の弁護士事務所を離れて人権擁護組織に勤務するようになった人、弁護士から法律事務所における人材開発コンサルタントへと職を変えた人の事例が紹介されました。キャリアパスの変更にあたっては、一流事務所の激務を離れ、ワーク・ライフ・バランスを重視することが、主要な理由に挙げられていました。

ディスカッションでは、メルボルン大学での法曹養成教育の話や、スティール先生やニシムラさんの実際の経験などにも話題が及びました。メルボルン大学では、JDプログラムに特化した法科大学院を設置し、法学部を廃止する計画が進められているそうです。法学部4年間を経て実務修習を受ければ法曹資格が得られるのに、メルボルン大学が大学院レベルに特化したJDコースを設けるのは、同校がコモン・ロー圏、とりわけシンガポールや香港の学生を集めてグローバル展開することをめざしているからだそうです。その他、アソシエイトからパートナーになるには平均どれぐらい年数がかかるのか、組織内法曹と事務所所属のパートナー弁護士でどの程度所得に差があるか、コモン・ロー圏と大陸法圏でとくに異質さを感じさせるポイントはどこかといった質問が出されました。

いずれにしても大変有意義な講演会でした。参加された教員、学生のみなさん、休暇を取得して東京の法律事務所から駆けつけてくれたニシムラさん、そしてとりわけ、多忙中にも拘わらず本講演のために時間を作って来日してくださったスティール先生、本当にありがとうございました。

質問する阪大生

♦ 阪大法学57巻3号掲載 : メルボルン大学法学部卒業生の職業選択と法曹資格取得に関する規則 (PDF)