法・制度の継受 ― 東アフリカ訪問を機会に考えたことなど

大阪大学法学研究科では、2002年から2006年まで5年間にわたり国際協力機構JICAの委託事業として、国別研修「タンザニア地方政府改革プログラム」を実施してきた。この事業は、タンザニアにおいて地方行政の機能強化をはかるために、タンザニアの州と件の行政長官レベルの地方行政スタッフに日本の地方自治の経験を学び、地方行政の実務を研修してもらおうという試みである。  先日、この研修の成果がタンザニアの現場でどのようなかたちで生かされているのかを確認することと、さらにこの研修事業をタンザニア以外の東アフリカの国々にも拡大していくための調査を兼ねて、アフリカ(ケニア、タンザニア、ウガンダ)を訪問することになった。9月19日に出発して10月3日に帰国するプランだったが、私は大学の仕事の関係でケニアとタンザニアの調査を終え、9月30日に帰国した。

今回の調査の主要対象であったタンザニアでは、現地JICA事務所の全面的なサポートもあって、十分準備された密度の濃いスケジュールをこなしながら、かつて大阪で研修を受け、今は地方官庁の要職についているOB・OG達との再会を楽しんだ。タンザニアでの調査では、彼らが限られた予算と人材のなかで、それぞれのレベルで工夫しながら自治的な活動を進めていることが印象的であった。彼らにとって都合の悪いところに案内されなかっただけかもしれないが、とくに農村における農業の近代化を目指したさまざまな試みは着実なもののように思えた。ただ、予算と人材、とりわけ地方自治を担えうる人的リソースのあり方に関しては、改めて教育の拡充や地方自治に関わる研修事業のさらなる必要性を感じた。

ところで、以上のような研修事業は、JICAでは「ガバナンス支援」の一環として位置づけられている。ガバナンス支援の事業は、JICAなどがこれまで行ってきた援助のあり方をもう一度見直すなかで、さまざまな援助をより実効性のあるものとするために、国家や地方の組織を民主化し、近代的な原理のもとで機能する政治機構の構築をサポートしようとはじめたものである。地方分権もその課題の一つである。例えば、わが国による法整備支援の活動がすでに早くからアジアを中心に展開されているところだが、それはアジアの国々おいて近代的な法制度を構築することを目的したものだ。しかし、近代的な「法」が機能するメカニズムは、それぞれの社会において当然のように存在するわけではない。社会に相応のメカニズムが備わっていなければ、いくら立派な近代的な「法」を持ち込んでも、それは現実とはかけ離れた紙の上のものでしかないことになる。国家と社会におけるガバナンスのあり様、つまり国家と社会における近代的なメカニズムの構築が平行して行われなければならないのである。

遠いアフリカの話は、そのような問題意識の重要性を法曹の新職域の研究に携わっている私たちに改めて理解させてくれる。言うまでもなく、アメリカのような、法律家が様々な分野で活躍する社会がどこにでも当然のように存在するわけではない。法が機能し、さらに法律家がさまざまな公的分野や生活領域で必要とされる社会とは、どのような社会メカニズムを備えているのであろうか。そのメカニズムを新たに取り入れようとしている社会では、その社会が持っている伝統や文化あるいは法意識などと、そうした新たな仕組みとがどのように関わり、機能することになるのであろうか。このことは一般に「法継受」、あるいは最近では「法移植」とも表現されている現象であるが、しかしそれは昔のことや他国のことではなく、今の日本でも起こっている極めてアクチュアルなことである。

その意味においても、先のアフリカの課題は、実は私たちにとっても貴重な示唆を与えてくれている。そのことに思いを至らせることができれば、わが国における法曹の新職域を考えて行く際に、私たちは単に諸外国の先進的な事例を紹介するだけで話を終わることはないであろう。そうような感性を私たちがもっておれば、取り入れようとする法制度や法曹職域のあり方の根底にあるそれぞれの国の「見えない制度」を、それとともに私たちの社会に伝統的に組み込まれているがゆえに自明な、しかしそれゆえに同じく「見えない」メカニズムを、調査結果を通じ私たちは改めて認識できるように思えるのである。

[三成 賢次]