弁護士数は本当に過剰なのか

新司法試験も今年で2回目となり、法科大学院を修了した新しい法曹たちが実務に就き始めている。法科大学院による幅広い素養を備えた法曹養成の成果が試される時が来たのである。もっとも、新司法試験に合格した若い法曹に対する風当たりは強い。現職の法務大臣が「司法試験合格者年間3000人は多すぎる」と発言したのを機に、地方の弁護士会などは、新司法試験による合格者増に反対する見解を表明するなどしている。弁護士事務所に就職の決まらない司法修習生も出てきているという話も聞こえてくる。果たして日本の弁護士数はすでに十分であり、毎年3000人の司法試験合格者は過剰なのだろうか。

アメリカでは、現在107万人の弁護士がいるとされる。人口10万人当たり372人の弁護士がいることになる。その他の先進諸国でも、ドイツでは人口10万人あたり185人、イギリスでは195人、比較的に少ないフランスでも79人である。これに対して日本の弁護士数は約2万3000人。人口 10万人当たりの弁護士数は19人であり、このかぎりで他の先進諸国に比べて弁護士数は顕著に少ない。たしかに、日本には、アメリカやイギリス、ドイツなら弁護士の行う業務に携わる隣接法律職として、司法書士約1万7700人、税理士約6万8600人、社会保険労務士約2万9200人、弁理士約4000 人、行政書士約3万8100人の合計約15万7600人がいる。これを考慮すれば10万人当たりの《弁護士》数は約140人となり、《弁護士》数はそれほど少なくないということにもなりそうである。しかし、弁護士と隣接法律職では必ずしも業務ニーズが重なっておらず、これだけで日本の弁護士数がすでに十分であるとは言い難い。権利義務に関わる交渉や調整に関する社会的ニーズは最近とくに増大していることが窺われるが、これは「一般の法律事務」にあたる以上原則として弁護士が関与すべき業務である。また、今日ではコンプライアンスに対する社会的関心が高まっているが、これに対応する業務の多くは弁護士にふさわしい業務である。そのような方面で活躍している弁護士がなお多くない現状に鑑みれば、弁護士に対する潜在的ニーズは十分にあると推測される。

それでは、弁護士に対する潜在的ニーズはどこに潜んでいるのだろうか。日本組織内弁護士協会理事長の梅田康宏弁護士(平成19年11月8日朝日新聞16面「私の視点」)によれば、アメリカにいる約100万人の弁護士のうち、約12万人が連邦政府や州政府、市町村で働き、約8万人が民間企業で働いているそうである。弁護士全体の5分の1が何らかの組織に雇われる形で業務を行い、訟務のみならず、法律や規則の制定、契約から労務管理、金融商品の開発などに携わっているのである。これに対して、2万3000人いる日本の弁護士のうち、企業に勤務する弁護士は約200人に過ぎず、中央省庁に勤務する弁護士は約70人、地方自治体に勤務する弁護士は数名である。組織内弁護士は弁護士全体の1%にも満たないのである。日本の経済規模を考えれば、この組織内弁護士の極端な少なさは人目を引く。コンプライアンスが強く求められ、経営管理に法的専門知識が必要不可欠となってきているいま、組織内弁護士はもう少し増えてよいのではないだろうか。

しかしながら、日本の大企業は1980年代以降、組織内に法務部を整備してきたのであり、そこでの法務知識の蓄積は非常に充実している。知的財産管理などについては、現場に疎い弁護士よりも現場に近いところで実務経験を積んできた法務部員の方がはるかに円滑に業務を遂行できる。大企業にとっては、充実した法務部によってすでに法務ニーズは満たされており、新たに弁護士を雇用する動機に乏しいかもしれない。これに対して、これから株式を上場するような成長過程にある中小企業では、新たに法務部を設ける必要に迫られ、その際に弁護士を雇用して法務能力を向上させたいと考えることがしばしばあると聞く。残念ながら、待遇などの面で折り合いが付かず実現しないことが多いようだが、今後の若手弁護士の進むべき道として、成長過程の中小企業の組織内弁護士になることは一考に値するのではなかろうか。成長過程の企業に就職することはたしかに一定のリスクを伴うが、その中で学ぶことも多い。弁護士として成長するチャンスにも恵まれている。そのような道に進む意欲的な若手弁護士に大いに期待する。

[ 福井康太 ]