EU環境規制と法曹の職域

今世紀に入ってから、EUは立て続けに大きな環境立法を行っている。自動車リサイクル指令(ELV指令)、電子電気機器リサイクル指令(WEEE指令)、有害物質使用制限指令(RoHS指令)がそれであり、さらに今年6月には、史上最大の化学物質規制と呼ばれるREACH規則が施行された。これらはいずれもグローバルな波及効果を有する規制であり、日本にとっても無視できない重みを持っている。ここではREACH規則を例にとり、主として日本企業への影響及び法曹の職域への影響に触れておく。

REACHとはRegistration(登録)、Evaluation(評価)and Authorization(認可)of CHemicals の頭文字をとったものである。その内容は、EU域内で年間1t以上の化学物質を製造・輸入する事業者に対して、安全性データを収集し、欧州化学品庁に登録するよう義務づけ、場合によれば、その物質の安全性を評価して認可の対象にするというものである。REACHのポイントは、@新規物質のみならず、既存物質も規制の対象にしていること、A安全性データの収集の際に、企業に化学物質のリスク・アセスメントを義務づけていること、B化学品メーカーのみならず、化学物質を含む成型品のメーカーにも同じ義務を負わせていること、にある。現在使用中の化学物質までリスク・アセスメントの対象にし、しかもその任務を行政ではなく企業自身に負わせ、責任をサプライ・チェーンの上流にいる成型品メーカーにも課しているのである。

REACHの規制は、当然、グローバルに展開し、EU域内でも商品を取引する日本企業に及ぶ。EU向けだけ分別製造してもコストがかさむだけだから、REACHの規制を受ける企業は、結局、製品の出荷先に関係なく、REACHの基準をクリアする必要に迫られる。したがって、件の日本企業にとっては EUの基準がグローバル・スタンダードになる。このREACHの凄いところは、それが件の企業限りで終わらないという点にある。というのも、サプライ・チェーンの上流企業が規制を受ける以上、その企業は下流の取引企業にもREACH適合的な取引条件を要求するはずだからである。国内でしか取引のない中小企業であっても、取引の相手方(あるいはその先の相手方)がEU域内に製品を輸出していると、そちらからREACHに対応した条件を突きつけられる。たとえば、原料メーカーや部品メーカーが最終製品メーカーから含有物質情報の提供を求められる。場合によっては化学物質のリスク・アセスメント自体を求められるかもしれない。サプライ・チェーン全体が事実上、REACHの規制下に入ってしまうのである。これは製品のライフサイクル全体の環境適合性を図ろうとするEUの統合的製品政策(IPP)の狙いでもある。

REACHの成立が現実化し始めた頃、化学物質と係わりを持つ日本企業が騒然としたのも無理はない。日本国内でも頻繁に関連セミナーが開かれたが、そのとき欧州から来た講師の多くが弁護士だったのに対して、日本側の講師は役人かメーカーの人であった。弁護士が見られなかったのは、日本の弁護士の大半が国内法にしか関心がなく、EU法までフォローしてなかったせいであろう。しかし、REACHが国内に及ぼす事実上の作用を考えると、形式が国内法でないといってみても無意味である。

これから化学物質の安全性データの登録が始まるが、使用する化学物質を個々の企業がリスク・アセスメントすると、莫大な分析費用を企業が個別に負担せざるを得なくなる。そこで効率化のため、同じ物質を登録する企業は自前の安全性データを互いに持ち寄り、データ共有することが認められている。その際、どの企業のデータを採用するのか、採用されたデータの価格をいくらにするのかは交渉で決められる。この交渉は化学の知識とビジネス感覚のある弁護士にふさわしい。しかし、日本の弁護士に適任者がいないと、日本企業もその仕事を外国の弁護士に委ねざるを得ない。もったいない話である。

[ 松本 和彦 ]